フルダイブの現状①
運動情報の読み取り(Output)について
前回は、フルダイブVR実現に当たって必要となる3つの工程について簡単にまとめました。
あれだけでは、具体的な技術だとかその現状について分からないと思うので、今回からはそれぞれの工程について、より詳しく話していきます。
今回は一つ目、Outputについてです。
具体的に技術について見ていく前に、一つ前提知識をまとめておきます。
脳や神経などと機械をつないで、情報の読み書きをしようとする技術には、大きく分けて二つの種類があります。それが侵襲的方法と非侵襲的方法といわれるものです。
これは、肉体に物理的に影響を及ぼすか及ぼさないかの違い...傷をつけるかつけないか、みたいなものです。例えば、脳に電極を埋め込んだりする事で情報のやり取りをする手法は侵襲的で、頭皮につけた電極からやり取りをしようとするのは非侵襲的、という事です。
侵襲的方法は、主に医学(外科手術前提)の分野で行われているので、一般向けを目的とするフルダイブには向きませんね。よってここでは、侵襲的手法は無視して、非侵襲的手法に限って説明していきます。
さて、本題です。再びSAOを観てみましょうか。
以前にも使用した画像ですが、ここでキャラが頭に被っているヘルメットがVRデバイスです。ヘルメットになっている事からも分かるように、読み取りは全て脳から行なっているわけですね。
まず、ここに大きな壁があります。現代の技術では、脳から正確な情報を読み取る事ができないのです。
少し専門的な話をします。
まず、脳活動解析の精度について考える際によく使用される2つの指標を紹介します。
1.空間分解能
2.時間分解能
分解能とは、機械装置などで物理量を計測する時の最小の距離や時間を意味する言葉です。つまり空間分解能は計測する空間の最小単位、時間分解能は時間の最小単位になります。
今みなさんが見ている画面を例に説明します。空間分解能とは、ディスプレイの解像度と同じであり、時間分解能とは、フレーム数の事です。前者が低いと映像は荒くて綺麗に見えなくなりますし、後者が低いと、ラグが大きくなっていきます。
これでは、なんとなく女性の写真である事は分かっても、どんな顔か分かりませんよね。空間分解能が低いと、腕に関する情報だとわかっても、それが上腕なのか前腕なのか、親指なのか小指なのかが判断できなくなります。時間分解能が低いと、コマ送りになってしまうために、動作を滑らかに再現する事が出来なくなります。
脳の場合は、解析する最小の単位体積と情報の更新速度が、空間分解能・時間分解能です。
さて、それを踏まえた上で現代の脳活動解析における主要なアプローチ法を紹介します。
・EEG(脳活動によって発生した電位の計測)
一番メジャーな手法です。脳の活動は電気信号によるものなので、頭に装着した電極からその電気を読み取る技術。時間分解能は良いのですが、空間分解能が非常に悪いのが難点です。というのも、電極から距離が遠い事や、その間に頭皮や頭蓋骨が存在するために信号に歪みが存在してしまうからです。安いものなら10万円程度の機器でも測定可能です。
・MEG(電流が発生したことによる磁界を計測)
脳で電気信号が発生すると、その電流によって磁界が発生します。その磁界を計測する技術です。電流と磁界は同時に発生するので、時間分解能はEEGと同じです。さらに、磁気は頭蓋骨などに大して影響を受けないため、空間分解能は高いです。ただし、必要になる機器が大掛かりで、高価な物となります。
・fMRI(血液の動きから脳活動を逆算)
脳も細胞の集まりです。細胞が活動をするにはエネルギーが必要で、そのエネルギーを運ぶのは血液の仕事です。つまり、脳細胞が活動をした後、失ったエネルギーを補完するためにそこに血液が流れ込みます。その動きを計測する事で、脳の活動を感知する技術です。空間分解能は最高ですが、活動後に生じる反応を計測するので時間分解能は悪いです。ちなみに必要経費はMEGと同等です。
それぞれを比較してまとめると
となります。こう見ると技術的に最高なのはMEGですが、それでも読み取りの精度はまだまだです。運動を司る信号だとは分かっても、それが具体的にどこを動かす信号か正確に特定できていないのです。
このように、脳から直接情報を読み取る技術はまだまだで、ヘルメット型のハードになるのはまだ先の話のようですね。
しかし、私は近年成長が著しい筋電技術に未来を感じています。これは脳ではないですが、腕などの神経・筋肉を動かす電気信号を使って機械を動かそうとする技術です。
↓筋電技術を使った義手(メルティンMMI)
このように、体の末端部ではそれなりの精度で信号を抽出・解析する事は現在でも可能なようです。今後技術が進歩していくにつれ、末端部での計測はもちろん、将来的には脳でも高精度で読み取れるようになっていくかもしれません。
ちなみに、今回は非侵襲的手法の紹介しかしませんでしたが、外科手術前提の侵襲的手法を用いた場合、基本的には今日紹介した技術よりも空間・時間両分解能において優れていますが、それでもまだ、完璧な読み取りは実現できなさそうです。
以上、Outputに関する技術の説明でした。この工程に関しては、既にだいぶ昔から基礎理論も前提技術も揃っていますので、時間はかかれど、いずれは空間・時間両分解能において高精度な読み取り技術が確立する事が期待されます。自分そっくりのロボットを自在に遠隔操作する事も夢じゃないかもしれません。
今後の技術的ブレイクスルーに期待ですね。
次回はInputについて解説します。